それは4世紀朝鮮半島の百済から就航した一隻の船から始まりました。
この頃、ヨーロッパ種と在来種をかけ合わせた改良種の食肉牛が、日本でも輸入されるようになっていました。
この船もいつも通り、百済より子牛が奈良〔平安京)へと船積みされ、越前の敦賀を目指し出港。対馬暖流に乗り、日本海を東進するところ、その年の対馬海流の影響で、敦賀より西方に位置する但馬海岸に漂着してしまいました。漂着した但馬の人達に手厚く保護された船員たちは、厚い人情に触れて、乗員達は子牛の飼育を懇願してきた。その事件を契機に、但馬地方で肉牛の飼育が始まったといわれています。その後、皮膚や被毛、角、蹄、体の締まりなど資質の優れた牛として評判が高く、主に農耕牛として飼育されていたにもかかわらず、約1200年前の「続日本書紀」では「但馬牛、耕うん、輓用、食用に適す」という記述が残されるまでになっていきました。
明治以降の西洋食文化の浸透、戦後の農作業の機械化の流れのなかで、この但馬地方で古くから飼われていた黒毛和牛は、肉専用の牛として改良が進められていくことなり ます。海外品種や他の系統の牛との交配が積極的に進められる風潮のなか、黒毛和牛の純血を保った改良を続けてきました。
何百年もの年月をかけて培われた優れた資質と肉質を持つ黒毛和牛は、日本各地に旅をしてその地の愛情に省くまれ、その土地の空気 水 そして愛情に触れて育てられています。そして、更に美味しいお肉になるよう、さらに長い旅を続けているのです。
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